仕組み解説公開日 更新日 読了目安 約7

文字の順番が入れ替わっても読めるのはなぜ|タイポグリセミアの仕組み

「こんちには みさなん おげんき ですか」——順番がめちゃくちゃなのに、なぜか読めてしまう。この現象はタイポグリセミアと呼ばれ、ネット上では「ケンブリッジ大学の研究」として広まりました。この記事では、成立する条件と読めてしまう理由、出典としてよく語られる話の実際、そして「読めてしまう」ことが校正でどんな不利になるのかをまとめます。

タイポグリセミアとは

単語の中の文字を入れ替えても、文章として読めてしまう現象を指す言葉です。日本語では「こんちには みさなん おげんき ですか」という例文が有名で、英語圏でも同じ趣旨の文章がチェーンメールとして広く出回りました。

ただし、この「タイポグリセミア」という語自体は、誤字を意味する typo と低血糖を意味する hypoglycemia を掛け合わせて作られたネット発の造語で、学術用語ではありません。現象そのものは研究対象になっていますが、正式な名前としてこの語が使われているわけではない、という点は押さえておいてください。

成立する条件|どんな入れ替えでも読めるわけではない

例文がうまく読めるのは、入れ替え方が慎重に選ばれているからです。条件を外すと、途端に読めなくなります。

条件内容外れるとどうなるか
最初と最後の文字を動かさない先頭と末尾を固定し、内側だけを入れ替える先頭が変わると認識が大きく遅れる
入れ替えるのは隣同士離れた位置と交換せず、隣接する文字を入れ替える並びが大きく崩れると別の語に見える
語が短い3〜5文字程度なら、入れ替えの組み合わせが少ない長い語ほど候補が増え、読み解けなくなる
文脈がある前後の語から次に来る語が予測できる単語を単独で示されると急に難しくなる
よく使う語である見慣れた語ほど形で判断できる専門用語や固有名詞は復元できない

「こんちには」が読めるのは、あいさつとして予測できるからです。同じ入れ替え方でも、初めて見る固有名詞や、数字・型番のような並び自体に意味がある文字列では、まったく読めません。逆にいえば、この現象は文字の並びを読んでいるのではなく、記憶にある語と照合しているために起きています。

  • 日本語のひらがな文は、1文字が1音に対応するため入れ替えの影響が出やすい一方、単語の見た目の長さが保たれるので復元もしやすくなります。
  • 漢字かな交じり文では、漢字がまとまりの目印になるため、かなの部分が多少乱れても意味が取れます。
  • アルファベットの単語は、上下に飛び出す文字(b、d、k、p など)の並びが語の輪郭を作るため、これが保たれているかどうかが読みやすさに効きます。

「ケンブリッジ大学の研究」の実際

英語版の例文には「ケンブリッジ大学の研究によると」という前置きが付いており、そのまま日本語の紹介にも引き継がれています。しかし、この前置きに対応するケンブリッジ大学の研究は確認されていません。2000年代前半にチェーンメールとして広まる過程で付け加えられた、出典らしく見せるための一文だと考えられています。

ケンブリッジの研究者自身がこの点を指摘して解説ページを公開しており、そこでは「最初と最後の文字さえ合っていれば読める」という説明が単純化しすぎであることも併せて示されています。実際には、入れ替える位置によって読みにくさが大きく変わるからです。

文字の位置と単語の認識という主題自体は、以前から研究されています。1970年代のイギリスの博士論文で、文字の位置が語の読み取りに与える影響が扱われており、この現象の説明としてしばしば引き合いに出されます。また、視線の動きを計測した研究では、内側の文字を入れ替えた文章でも読めはするものの、読む速度は1割ほど落ち、単語の先頭を入れ替えた場合はさらに大きく落ちることが報告されています。

誤字を見落とすのは、同じ仕組みが働いているから

自分の書いた文章の誤字が見つけられないのは、注意力の問題だけではありません。文字を1つずつ読まず、記憶にある語と照合して読んでいるという、タイポグリセミアと同じ仕組みが原因です。

  • 書いた本人は、次に来る語をすでに知っています。予測が強く働くため、実際に書かれている文字を見ずに飛ばして読みます。
  • 「原因」と「原員」のように、語の形が近い誤字ほど気づきません。逆に、形が大きく違う誤りのほうが目に留まります。
  • 変換ミスは、それ自体が実在する語なので、綴りの誤りとしては引っかかりません。文脈で判断するしかない種類の誤りです。
  • 同じ文章を読み返すほど、予測は強くなります。時間を置かずに読み返しても効果が薄いのはこのためです。

つまり校正では、「予測を効かせずに読む」状態を意図的に作る必要があります。以下は、そのための代表的な方法です。

予測を切って読むための方法

  1. 1

    時間を置いてから読み返す

    書いた直後は、文章の内容が記憶に残っているぶん予測が強く働きます。半日でも置いてから読むと、記憶が薄れて文字が見えるようになります。

  2. 2

    音声で読み上げさせる

    読み上げは書かれている文字をそのまま音にするため、自分の予測が入り込みません。助詞の重複や脱字は、耳で聞くと不自然さとして表面化します。読み上げが変な区切り方をした箇所は、文の構造自体が読みにくい可能性もあります。

  3. 3

    末尾から逆向きに読む

    文章を最後の文から順に読むと、話の流れによる予測が働かなくなり、1文ずつの表記に目が向きます。文字単位で確認したい場合は、テキストを反転させて逆順に並べたものを見ると、意味として読めないぶん文字そのものを追うことになります。

  4. 4

    見た目を変える

    フォント、文字サイズ、行間、背景色のいずれかを変えると、同じ文章でも別の見え方になり、覚えた形での読み飛ばしが起きにくくなります。印刷して読むのが効くのも同じ理由です。

  5. 5

    種類ごとに分けて確認する

    誤字、数字、固有名詞、リンク先というように、一度に1種類だけを見ます。数字と固有名詞は予測が効かない代わりに間違えると影響が大きいので、本文とは別に確認するのが確実です。

数字や固有名詞は、この現象が最も効かない部分です。「読めてしまう」ことがないので誤りに気づきやすい一方、桁の間違いは形が似ていて見落とされます。文字数の制限がある文章なら、最後に文字数をカウントして規定内に収まっているかを確認するところまでを、校正の手順に入れておいてください。声に出して読む校正の進め方は音読での校正のコツ、文字数の数え方は文字数カウントのやり方にまとめています。

よくある質問

タイポグリセミアとは何ですか?
単語の中の文字が入れ替わっていても文章として読めてしまう現象を指す言葉です。「こんちには みさなん おげんき ですか」のような例文で知られています。ただしこの語は typo と hypoglycemia を掛け合わせたネット発の造語で、学術用語ではありません。現象自体は、文字を1つずつ読むのではなく記憶にある語と照合して読んでいるために起こります。
ケンブリッジ大学の研究というのは本当ですか?
その前置きに対応する研究は確認されていません。2000年代前半にチェーンメールとして広まる過程で、出典らしく見せるために付け加えられたものと考えられています。ケンブリッジの研究者自身が解説ページでこの点を指摘しています。文字の位置と単語認識という主題自体は以前から研究されていますが、例文に添えられた説明は単純化されすぎています。
どんな文章でも入れ替えて読めますか?
読めません。最初と最後の文字が固定されていること、入れ替えるのが隣同士であること、語が短いこと、前後の文脈から語が予測できること、そもそも見慣れた語であること、という条件がそろって初めて成立します。初めて見る固有名詞、専門用語、数字や型番のような並び自体に意味がある文字列では、まったく読み取れません。
自分の文章の誤字が見つけられないのはなぜですか?
書いた本人は次に来る語を知っているため、実際の文字を見ずに予測で読み進めてしまうからです。タイポグリセミアと同じ仕組みが働いています。対処としては、時間を置いてから読む、音声で読み上げさせる、末尾の文から逆向きに読む、フォントや背景色を変えるなど、予測が効かない状態を意図的に作る方法が有効です。

この記事で紹介したツール

あわせて読みたい

仕組み解説6

アナグラムの作り方|文字を並べ替えて別の言葉を作るコツ

同じ文字を使い切って別の言葉にする言葉遊びがアナグラムです。「みかん」から「かんみ」、「とけい」から「けいと」のように、身近な単語からでも作れます。この記事では、日本語でアナグラムを作る手順と、並べ替えの数の考え方、うまくいかないときの探し方をまとめます。

記事を読む →
使い方ガイド7

早口言葉で滑舌を鍛える|録音して確かめる練習手順と難易度別フレーズ集

早口言葉を速く言えるようになっても、それだけでは会話の滑舌は変わりません。効くのは「速く言う」練習ではなく、「正確に言えているかを自分の耳で確かめる」工程のほうです。この記事では、滑舌が悪く聞こえる原因を音の種類ごとに切り分け、録音を使った練習手順と、苦手な音別のフレーズをまとめます。

記事を読む →